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英国(大ブリテン島)東西南北端征服記
(別名ケンネ病考)

 
 

 本稿は1981年10月ロンドン日本クラブ会報に掲載したエッセーに写真を加え改訂したものである

「ロンドンに行って、バッキンガム宮殿の衛兵交代を見てきたケンネ」というのがケンネ病の典型的症状である。症例はいろいろある。「大英博物館に行ってロゼッタ・ストーンとマグナ・カルタの本物を見てきたケンネ」というのが教養型なら、「ダイアナさんの結婚式のあったセント・ポール寺院で結婚届も見てきたケンネ」は流行型。マニア型となると手間がかかって「本場セント・アンドリュースでゴルフをしたケンネ」とか、「スノードン山をSLに乗って登ったケンネ」、進歩的文化人型は「マルクスのお墓におまいりしてきたケンネ」といった具合。

カメラを肩にヨーロッパ各地の名所旧蹟を神風の如く席巻しているパック旅行の日本人ご一行様を評して、馴染みのハイヤー運転手が「もっとも本分に忠実な旅行者たちだね」(モスト・コンシエンシャス・ツーリスト)という表現を使ったが、あっぱれケンネ病を英国人らしいユーモアで言い換えた。
 このケンネ病、現代日本人の専売特許のように思われがちだが、実は古今東西人間共通の心理のようでもある。東の古(こ)の代表はさしずめ吉田兼好法師であろう。石清水八幡宮へ参りながら、ご神体の奥山に登らず帰って来た仁和寺の法師を軽蔑し、「何事にも先達はあらまほしかりけり」などと結論を出しているのは、著者のケンネ病的価値判断を見事に表現したもの。西の方も負けじとばかり、J&Bガイドの「ディスカバリー・スコットランド」に曰く、「グレート・ブリテン島の最北端は地理の上ではダネット・ヘッドというところであるが、そこにはただ灯台があるだけで、親類、友人に自慢する証拠が何もない。従ってそのやや東のジョン・オ・グローツを訪れるべし。ここには絵葉書・タオルもあれば、日付を入れた記念写真も撮れる」と、相当の重症である。

 ところで英国在住が長くなると、お互い有名なところは行き尽くし、並大抵のことで自慢のタネにはならない。そこで、グレート・ブリテン島の東西南北の端を征服しようと一念発起した。四端それぞれにはケンネの対象になる程の知名度はないが、四端揃えることで役満にしようという魂胆。口で言えば左程でないが、いざやろうと思うとこれはロンドン在住者でも容易なことでは無い。そもそも東西南北の端が正確にどこにあるか知っている人はイギリス人でもそうはいないだろう。
 下のAAのマップに東西南北端が黒丸で表示されているのでNESWを書き込み、さらに最高地点H(ベンネヴィス山)とイングランドの中心C(メリデン村)をプロットした。

 

 以下、自分で写した写真で順次ご紹介する。


(西端W) Land’s End(コンウォール州)

   

 まず、西の端は、観光客にも有名なランズ・エンドとされている。コンウォール地方最西端の町ペンザンスからさらに西に10マイル、A30の終点にラスト・ハウスの標識もある。スコットランドの鳥も通わぬ秘境アードナマーカン岬との本家争いはあるが、地理上の正確さを超越して、圧倒的に西端としてのコンセンサスを得ている。


(南端S)Lizard Point(コンウォール州)

   

 南端については争い無く、ペンザンスの手前A394で13マイル、ヘルストンからリザード半島を11マイル南下した突先、リザード・ポイントである。

 西端ランズ・エンドはロンドンから僅か290マイル、南端リザード・ポイントもこれと一日行程で征服できるので、ここまででは在外日本人ケンネ病の域には届かない。


(北端N)John o’Groats(左上下:観光上)とDunnet Head(右上下:地理上) スコットランドハイランド北海岸

   
   

 北端は、既にご紹介した通り、英国有鉄道最北の駅サーゾの東6マイルの地ダネットから北上したダネット・ヘッドが本物であるが、ラスト・ハウスの標識等の整備された観光北端はA836でダネットよりさらに東8マイルのジョン・オ・グローツである。 蛇足ながら、いかにケンネ病の充足のためとはいえ、折角ここまで征服するなら、スコットランド東部の幹線道路A9を往復するのはお勧めしない。この島は北から南まで通して大部分西の方が景色よく、東は単調である。遠回りでも往復のどちらかは西を廻りたい。


(東端E)Lowestoft Ness Point(ノフォーク州)

   

 あと残る東端は、地図をご覧になればアングリア地方のどこかであることはおわかりになろうが、鯨の背中のごとく、どこが頂点か定めることが極めて困難な地形にある。これを発見するには自分で歩いて探すしかない。漁港として有名なローストフトの北のはずれ、海底ケーブルの先端の僅か南に、防潮堤が三角形の頂点のごとく海に突出した地点があり、堤の海側に「This is  the most easterly point of British Isles」と白ペンキで書いてあるのを発見した。役満が揃った感激で子供達を立たせて写真を撮っていたら、通りがかりのイギリス人家族が微笑みながら、「They came from further east」と囁き合っているのが聞こえた。(出来過ぎに聞こえるが「これ本当の話!」)


(最高地点と中心)左最高地点H:ベン・ネヴィス山山頂(スコットランド)、右中心C:メリデン村(コベントリー市郊外)

   
   


 更に補足させていただければ、グレート・ブリテン島の最高地点は、標高4,406フィート(1,343メートル)のベン・ネビス山。スコットランド、ネス湖の南西の町フォート・ウィリアムから車で十分、グレン(谷の意)ネビスの適宜の所から、徒歩往復約四時間で登頂可能である。頂上には夏でも雪渓が残り、北側は素人を寄せ付けない岩登りのメッカである。頂上に広島青年会議所の原爆のレリーフ「過ちは繰り返しません」があった。

 統合の歴史が浅いだけにこの島全体の中心として確立した町は見当たらない。イングランドの中心は、コベントリーの西北西6マイルの町メリデンのビレッジ・センターで、会報表紙の写真の古い十字架だけが残っており、その前にちゃっかりセンター・オヴ・イングランド・ハウスがあった。

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